「ヒチョル兄さんは・・・俺がこの世界に入ったこと後悔してる?」
事務所のソファに腰掛けながら、まるで独り言のようにつぶやくドンヘ。一瞬手を止めるも、ヒチョルはすぐにマウスを動かして今日の出勤予定や売上げなどを確認し始めた。
「・・・・・・当然だろ」
「うん・・・」
ドンヘとヒチョルは、同じ施設で育った「仲間」であって、血が繋がっているわけではない。でも、ホンモノの兄弟以上に強い絆で結ばれている。
ドンヘだけは、この世界に足を踏み入れてほしくなかった。人生後悔してる余裕なんてないっていうのが彼のモットーではあるが、そんなヒチョル唯一の後悔が「ドンヘが水商売をしている」ことだった。
もし、俺がドンヘと本当に血が繋がっていれば、ぶん殴ってでも可愛い弟の行動を止めたんだろうなって思う。それができなかったのは、ドンヘが「ある目的」のために、お金を稼いでいることを知ってしまったから。
「兄弟」ではなく「仲間」として、ドンヘの決意を受け入れるしかなかったんだ。
「ドンヘ、わかってると思うけど、22時からシウォンさんな」
「・・・はい」
「声、小さい」
「はいっ!!」
ヒチョルがドンヘに水商売で働くために出した条件は3つ。1つ目は、ヒチョルが経営する「Mermaid」で働くこと。2つ目は、ドンヘの客はヒチョル自身が選ぶこと。3つ目は、空いている時間は事務処理を手伝うこと。
お店のホームページにドンヘの情報は一切載せていないから、「Mermaid」で働く他の人たちはドンヘのことを、「事務のお兄さん」だと思っている。それでいい。むしろ、ヒチョルは上手くドンヘをそそのかして、ずっと事務だけをさせるつもりでいた。
「ヒチョルさん、そろそろ時間なのでドンヘを連れていきますね」
「ん、そうだな・・・リョウク、いつもありがとう」
しまった、これ以上考え事をしていたら、仕事に差し支えてしまう。そう思ったヒチョルは、立ち上がると大きく腕を伸ばし、軽いストレッチを始めた。
ドンヘに、笑顔を忘れるなよ!ってニッコリと笑顔を見せながら言うと、はいって元気よく笑顔で返事をしてくれた。
今日も1日、何事もなく終わりますように。
ヒチョルはそんなことを思いながら、仕事を再開した。
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