隠された真実。

「へへ、兄さんと買い物なんて久し振りだな」

「ドンヘ、あまり無茶するなよ。俺以上に太陽の光に弱いんだから」

「うん!!」

今日は体調が良いから、兄さんと出かけたいの!!って眩しい笑顔で誘われてしまったら、断る理由なんてない。本当は昼間は出来る限り寝ていたいのだけれど、頑張って起きて、ドンへの買い物に付き合った。
特に目的があって出掛けた訳では無いらしい。ウィンドウショッピングをしたり、カフェに入ってお茶を飲んだり、何だか付き合ってデートでもしているような甘い時間だ。そんなことを思っていると、ドンへが少し頬を赤くして、イェソンの目を真っ直ぐに見つめてくる。

「な、なんだか‥‥‥デートしてるみたいだね。へへ」

不意をつかれたイェソンは、思わず顔が真っ赤になってしまった。ドンへに見られたくないと思ったから、咄嗟にバカって言いながら、頭をくしゃくしゃに撫でる。すると、そんなに力を込めていない筈なのに、ドンへの身体がゆらりと揺れて、イェソンの胸に寄りかかってきた。
まずい、貧血だ。久し振りに外に出たから、思った以上に早く疲れてしまったらしい。日陰に入って休ませてあげないといけない。辺りを見回して、薄暗い路地に逃げるようにして入る。座る場所が無いから、取りあえず大きなゴミ箱の上に座らせると、ドンへがさっきまでの明るい顔から一変して、泣きそうな表情になっていた。

「俺‥‥‥どうしてこんな身体なんだろう。せっかく兄さんとお出かけしたのに、迷惑かけてばっか‥‥‥」

「ドンヘ、俺は迷惑なんて思ってない。だから、間違ってもそんな事は二度と言うな」

「兄さ‥‥‥ん」

「何か冷たいものでも買ってくるから、ここで大人しくしてろ。落ち着いたら、またお店に入って、お茶でも飲もう。解ったな?」

ドンへが軽く鼻をすすりながら、うんって頷く。イェソンは一度路地を出て、自販機を探した。

――― ねぇ、ドンヘは俺のことが嫌い?

「ふぇ?突然どうしたの?!」

兄さんが去っていった後、直ぐにもう一つの人格が話し掛けてくる。どちらかの人格が前に出ている時は、基本的に繭の中で寝ているような感じになるから、何をしているのか解らない。
でもたまに寝れない時があって、そんな時は意識がハッキリとしているから、彼が何をしているのか嫌でも解ってしまうんだ。今日はどうやら、彼が寝れなかったらしい。俺と兄さんの会話を聞いていたから、こんな変な質問をしてきたのかな?

「外にもまともに出れない身体は確かに嫌いだけど、俺がキミを嫌いな訳ないじゃん‥‥‥何十年、同じ心を共有していると思ってるの?」

――― ‥‥‥あの時、本当は起きてたよね?

「あの時‥‥‥って」

――― 俺が兄さんと‥‥‥

ジャリって靴を擦る音が聞こえて、ドンへが慌てて辺りを見渡すと、目の前には兄さんではない男の人が立っていた。その人の表情を見た瞬間、ドンへは直ぐに身構えるんだけれど、それよりも先に男性の動きの方が早くて、あっという間に押し倒されてしまった。

「痛っ‥‥‥」

「こんなところで何してるの?」

「っ‥‥‥離し‥‥て」

耳元で囁かれた瞬間に、タバコの匂いと甘い香りがドンへの鼻腔をくすぐり、一気に不快感が全身を襲う。襲われる?殺される?どちらにしても、このまま素直に解放してくれる事は絶対に無いだろう。ドンへがそう悟った瞬間、一気に全身の力が抜けていく。

――― 仕方ないな、ほら、いいから変わって!!早く!!

「はは、自分の今の立場を理解した?最初から大人しくしていれば、悪いことはしないよ」

「‥‥‥そうなの?俺はお兄さんとワルイコト沢山したいけど、ダメ?」

一瞬の隙をついて、ドンへが大きな口を開ける。奥歯に隠れた尖った歯が、男性の首元に思い切り刺さると、赤い血が噴き出して、男性が叫び声をあげる。ふざけるな。お前みたいな奴の精気なんて、口から吸いたくない。こうやって噛みつくだけでも吐き気がする。

お前みたいな奴は、早く死んでしまえばいいんだ‥‥‥

「ドンヘ?!」

ドンへが力いっぱいに歯を立てて、男性にトドメを刺そうとした瞬間、タイミング悪くイェソンが戻ってきてしまった。ドンへに知らない人が覆いかぶさっている姿を見たイェソンは、慌ててドンへに近付く。すると、ドンへの周りに沢山の血が飛び散っていて、刺されたと勘違いしたイェソンが逆上してしまった。
瞳を真っ赤にして、完全にヴァンパイア化したイェソンの姿を見るのは何十年ぶりだろうか。ものすごい力でドンへから男性を引きずり剥がすと、鋭い歯を剥きだしにして、一気に男性の唇に食らいつく。

「待って、兄さ‥‥‥ん!!」

ドンへの声が聞こえて、イェソンの意識が一瞬だけ戻る。ドンへが既に男性に攻撃を仕掛けていたのもあって、ヴァンパイア化したイェソンが、少し精気を吸い取っただけで、男性の意識は完全に失ってしまった。

「ドンヘ‥‥‥生きてるのか?!」

「俺なら、大丈夫だから‥‥‥安心してよ」

受け答え方がドンヘらしくない気がして、イェソンはしっかりとドンへの顔を見つめる。すると、目の前にいるドンへはドンヘじゃないという事にようやく気付いた。
少しずつ冷静を取り戻して、瞳の色も完全に元に戻ると、ドンへも安心したのか、言葉を続けた。

「ドンヘは、コイツに襲われたせいで気を失ってるよ。でも安心して、何もされてないから」

「‥‥‥お前が、助けてくれたのか?」

「別に‥‥‥ドンへに死なれちゃったら、俺も死んじゃうから‥‥‥っ?!」

「ありがとう‥‥本当に、ありがとう」

もしも、ドンヘだけだったら、今頃どうなっていたか解らない。イェソンは心から安堵して、目の前のドンヘを力一杯抱き締める。こんな風に、イェソンからお礼を言われて、しかも抱き締められるなんて初めてじゃないだろうか。ドンへはなんだかくすぐったくて、心が思い切り締め付けられて、不思議な感情に襲われて苦しくなる。
一気に顔が真っ赤になったドンヘは、慌ててイェソンを突き放すと、そのままそっぽを向いてしまった。

「っていうか、兄さんこそドンへが心配なのは解るけど、ちゃんと考えて行動してよ!!ヴァンパイア化すると一気に体力遣うでしょ?」

「あ、嗚呼‥‥‥すまない」

「とりあえず、俺がコイツを何処かに運ぶから、兄さんは先に家に帰って休んでて」

ヴァンパイア化した状態で精気を吸い取ると、対象者の意識が勝手に脳内に流れ込んでくる。ここに置いておくと、警察沙汰になってしまうのは確実だ。だからこそドンへは、男性の意識を辿って、何処かに運ぶと言ったのだろう。ドンへがわざわざ危険を冒してまで俺を助けてくれようとしているんだ。この好意を無駄にする訳にはいかない。
イェソンが力を振り絞って立ち上がろうとすると、目の前が真っ暗になっていく。しまった、怒りに任せていたとはいえ、久し振りにヴァンパイアになったから、体力の消耗が激しい。

ドンへが無事だという事が解って緊張感が解けた事で、一気に疲れが身体全体にのしかかっていく。

遠さがっていく意識の中で、俺じゃない記憶が勝手に入り込んでいく。精気を吸い取ったアイツ、バンドなんてやっていたのか。ものすごく不快だけれど、歌詞は悪くない。好きな人が笑っていてくれれば、俺はどうなっても構わないか、そうだ、ドンヘさえ笑っていてくれれば‥‥‥

「イェソン、もう大丈夫‥‥‥って、お前泣いてるのか?」

「‥‥‥っ」

全てが偶然。でも、運命の神様にしてみたら必然だったのかもしれない。目が覚めた時に、アイツの意識の中にあった記憶とヒチョルやイトゥクがダブって、気が付くと曲を口ずさんでいたのが全ての始まり。
こんな筈じゃなかった。たとえ直接関係が無いとしても、ドンヘを傷つけた奴の仲間だ。上手く取り入って、キリの良い所で始末をする筈だったのに。
そうだ、俺は所詮ヴァンパイアだ。下手に心を許したりしたら、最後に痛い目を見るのは自分自身なんだ。

あまり他人には心配されたくない?でもさ、そろそろ信頼くらいしてくれよ

あの日言われたイトゥクの言葉と屈託の無い笑顔が頭から離れない。ドンへのヴァンパイア化が早くなっていて、沢山の精気が必要だっていうのに、気が付くと俺は、このライブハウスに集う仲間が好きになっていた。

殺せない

人間に対して、そんな感情を抱いたのは生まれて初めての事だった。気が付くとイェソンは、ヒチョルを突き飛ばして、部屋を飛び出していた。

 

それから後の記憶は全くない。どうやって戻ったのかは知らないけれど、目が覚めると自分の部屋のベットだった。

 

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