初めて抱いた感情。

「‥‥‥兄さん、起きれる?」

ぼんやりと毎日が過ぎていき、気が付くと数か月も経っていた。結局俺は、あの後イトゥクやヒチョルからの連絡を一切経ち、誰とも連絡を取っていない。それだけならまだしも、人間から精気を吸い取る事が出来なくなってしまった。
それでも良い、ドンへは悲しむかもしれないけれど、精気が吸えなくなったヴァンパイアに待っているのは死のみだ。だから、このまま寿命が尽きるのを待つだけだったのに、ドンヘは許してくれなかった。俺を独りにして、先に死なないって言ってくれたのは、嘘だったの?って目を真っ赤に腫らして泣かれてしまったんだ。今じゃ立場も逆転して、俺のために必要な時は精気を補給してくれるようになり、本当に強くなったと思う。

「今日ね、街を歩いてたらすごく良い音楽が流れてきたの。それで、兄さんに聴かせたいなって思ったんだ」

ドンへがそう言いながら、俺に手渡してくれたCDのジャケットには、懐かしい彼の端正な横顔が写っていた。

「‥‥‥ヒチョ‥‥ル」

部屋に流れる音が懐かしくて、イェソンは思わず瞳を潤ませる。癖のあるメロディは相変わらずのようで、直ぐにヒチョル本人が作曲をしたというのが手に取るように解る。しかし、ずいぶんと長いイントロだ、何時になったら歌が始まるのだろうか。イェソンがふと、そんな事を思いながら、CDのケースを開けて歌詞を見ると、

「‥‥‥っ」

また良い歌詞を書いてくれよ。あの時、俺が適当に言った言葉を、ヒチョルは大切に心の奥に閉まってくれていた。歌詞に込められたメッセージは、間違いなく俺に宛てられているものだった。歌詞カードの間から、一枚のカードがはらりと落ちる。イェソンが拾って、カードを見ると、ヒチョルから直筆のメッセージが書かれていた。

この曲は、お前が歌わないと完成しないんだよ。バカ!!

‥‥‥なんだよそれ、だから歌が無くて、メロディだけだって言うのか?

「はは‥‥‥ヒチョルは変わらず、自分勝手だな」

「そうだよ、悪いか?」

はじめは幻聴だと思った。それくらい自然に、ヒチョルが人の独り言に入ってくるから。だから、とうとう俺は、頭もおかしくなってしまったのではないかって思ったんだ。でも、声が聞こえる方を見ると、目の前にいつの間にかヒチョルとイトゥクが居る。イェソンは一瞬、何が起こったのか解らなくて、一生懸命整理しようとするんだけれど、でも勝手に涙が溢れてきて、色んな感情が一気に溢れてくるから、何も考える事が出来なくなってしまう。嗚呼、俺にもまだ、人間らしい感情が残っていたんだ。

「ごめんね兄さん‥‥‥実はね、兄さんの様子がおかしいって思って、その‥‥‥内緒でライブハウスに行ってみたの」

 

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