イェソンが数か月ぶりに戻ってくる。この一言で、ライブハウスが入りきらない位、お客様で埋め尽くされたというのは言うまでもない。今日のステージは、バックヤードにドンへも居る。考えてみたら、ドンヘを目の前にして俺の歌声をちゃんと披露するのは初めてのことだ。
「イェソン‥‥‥もしかして緊張してるの?」
「‥‥‥」
いつもと違うイェソンの雰囲気に真っ先に気付いたイトゥクが、心配そうに声を掛ける。声にも出せないくらいの緊張感がイェソンを襲って、頷くだけで精一杯だ。だって正直言って、今までこのバンドの事をあまり大切に思っていなかったんだ。だから緊張なんてする訳も無くて。
でも今日は違う。ヒチョルが俺のために作ってくれた新曲を披露する日でもあるし、何よりもバックヤードにはドンへもいる。俺にとっては、今日からが本当の意味でのスタートなんだ。これで緊張しないほうがおかしいだろう。
「仕方ないな。ほら手、出せよ」
ヒチョルが笑顔で差し出してくれた手を、恐る恐る握ると、思い切り力を込められて、思わず痛いって叫んでしまった。そして、他のメンバーやイトゥク、そして何故かドンへも次々とイェソンの上に手を重ねると、誰が何を言わなくても、自然とキレイな円陣が出来上がる。
「みんな‥‥‥」
「イェソン、何でも抱え込むな。お前はもう、独りじゃないんだから」
さて、暴れるぞ!!って悪戯な笑顔を見せるヒチョルの顔を見たら、不思議と緊張感から解放されて、自然体でライブを披露する事が出来た。
■
「兄さん、すっごい格好良かったよ!!」
流石に久し振りに人前に出たのもあって、ライブ後は抜け殻のように疲れ切ってしまった。本当であれば、この後は打ち上げで朝まで飲み会っていうのが、バンドマンのセオリーなのだけれど、珍しくヒチョルが後日にしようって言ってくれたので、そのまま帰る事が出来た。
案の定、人前で頑張り過ぎたせいか、部屋に戻った瞬間に、疲れが一気に襲ってきて、ベットの上で崩れ落ちてしまった。でも、力を振り絞ってドンヘを手招きすると、近付いてきたドンヘを引き寄せて、一気に抱き締めて一緒にベットに倒れ込む。
「‥‥‥ドンヘ、本当にありがとう」
「わ、わっ!!突然何するんだよ!!」
「はは、やっぱりドンヘじゃなかった。今日はずっと、お前だったよな?」
「何だ‥‥‥気付いてたの?」
ドンへは今まで、人間を避けて、家から殆ど出ない生活をしてきたんだ。たとえ俺が居ると解っていても、ライブハウスみたいな小さな箱で、大人数の人間がいるような所になんて行ける訳も無い。だから、俺のために内緒でライブハウスに行ったっていうのも、本当は‥‥‥
「ドンヘ、お前が居なかったら、俺もドンへもこのまま壊れて、ただ自分が持っている運命を呪いながら死ぬだけだった」
俺がヒチョルを突き飛ばした後、全く覚えていないのだが、実際にはすぐに部屋に戻ったのではなく、数日間行方をくらましていたらしい。しかも、俺が最後にヴァンパイア化して、精気を吸い取ったアイツの部屋に居たっていうんだから、このまま一緒に死ぬつもりだったんだろう。
ドンヘに心配を掛けたくないという思いから、イェソンはどれだけ忙しくても、昼夜ひっくり返った生活を送っているからこそ、毎日ちゃんと家に帰るようにしている。だから、1日経っても部屋に戻ってこない俺を心配して、ドンへがライブハウスに行ったんだ。
ライブハウスに入ると、真っ先に声を掛けてくれたのがイトゥクだった。その瞬間、ドンへの中にあったアイツの意識が反応して、嫌な予感がしたらしい。すぐさまドンへは、イトゥクにイェソンの弟だと名乗ると、突然イェソンが飛び出して何処かに行ってしまったと隣に居たヒチョルが話をしてくれた。
それを聞いたドンへは間違いなく、アイツの部屋に行ったんだろうって確信したらしい。
「まさか、俺の様子をヒチョルやイトゥクに都度報告していたなんて知らなかったよ」
「そ、それは、俺が好き好んで報告してたんじゃなくて‥‥‥ヒチョルさんがしつこく聞いてきたんだよ」
「はは、本当にヒチョルは‥‥‥って、どうしたんだ?」
「あ、あのさ、兄さんは‥‥‥」
ドンへが顔を急に伏せて、兄さんはヒチョルさんの事が好きなの?って呟くから、イェソンは驚いてしまった。そんな風にドンへに勘違いされるくらい、俺はヒチョルの事を常に話題に出していたのだろうか。
「な、何言ってるんだ?!ヒチョルはイトゥクと付き合ってるんだぞ」
「へ?そ、そうなの?!‥‥‥いや、これはっ、俺じゃなくて、ドンへが聞けっていうから‥‥‥!!」
「俺は‥‥‥ドンヘが好きだ。兄弟だからとかじゃなくて、その、1人の男性として」
好き。突然イェソンに告白されて、耳を赤くするドンへの耳たぶにそっとキスをすると、さらに真っ赤になって、俯いて涙目になってしまった。もしも、どっちのドンへが?って目の前にいるドンヘに聞かれたら、昔の俺だったらもちろん「人間」のドンヘだって即答していただろうな。
でも、今となってはどっちなんて関係ない。2つの人格があったとしても、ドンへはドンへだ。だから、俺はその想いを、ちゃんとドンへに伝えるだけだ。
「好き、だってさ‥‥‥良かったね、ドンヘ」
「ドンヘ‥‥‥って、片方が前に出ている時は、もう片方は意識が無いんじゃないのか?」
「基本はそうだけど、起きていて、ちゃんと意識がある時もあるよ‥‥‥だから、ね」
急にドンへが、何時もの悪戯な笑みを浮かべると、イェソンの耳元でそっと囁く。俺が兄さんとエッチな事している時は、ドンヘは何時もちゃんと意識があるんだよ。って。それを聞いたイェソンは、一気にドンヘに負けないくらい顔が真っ赤になってしまった。
「知らなかったでしょ‥‥‥ね、兄さん‥‥‥」
「い、いやっ、待てって!!そんな事を急に言われると、緊張する‥‥‥っ」
「何で?3人でエッチしてるみたいに感じちゃう?」
イェソンの太ももに優しく指を這わせて、いつものように積極的に迫ってくるドンヘ。でも、その裏にドンへがいるって思うと、緊張して身体が強張ってしまう。
じゃあ、両想いなんだから、今日は沢山エッチしよう。なんて、そんな事をハッキリと言えるのはお前だけだよ。って思うんだけれど、不思議と今日に関しては、イヤな感じはしなかった。
それにしてもまさか、ヴァンパイアである俺が、人間に対して心を許せる日が来るなんて、思っても居なかった。いや、でも‥‥‥
「兄さん‥‥‥次は、いつ足りなくなりそう?」
俺たちは「生きる」ために、人間を殺さないといけない。