ヒョク、変な男性と出会う。

今日一日の出来事を何となく思い出しながら、ヒョクは何時もの道を歩いて帰路につく。ドンヘは今頃、新しいご主人様に拾われて、幸せに暮らしているのだろうか。朝、牛乳をもらった男の事なんて覚えていないんだろうな。なんて、相手は犬なんだから、それが当たり前だと思うし、よく考えてみたら、俺が住んでいるアパートは動物を飼っても良いのかどうか解らない。何も考えずに勝手に連れて帰って、やっぱりアパートの大家さんに怒られたからといって捨ててしまっては、ドンヘにとって俺は最悪な人間になってしまう。だから、これで良かったんだ。ヒョクは色んな言い訳を考えてみるけれど、やっぱりドンへの事は忘れられそうになかった。俺は一体どうしたんだろう。こんなにもドンへの事が気になって仕方ないなんて。まるでドンヘに恋をしたみたいだ。
ふと目の前の電信柱を見ると、街灯の光の下で座り込んでいる男性の姿が目に入った。夜とはいえ、まだ酔っぱらって道端で倒れ込んで寝てしまうような時間帯ではないけれど、一体どうしたのだろう。もしかして何処か具合でも悪いのだろうか?少し警戒をしながらも男性に近付いてみると、俺と同じ歳か、少し若い位の男性が、顔を真っ青にして座り込んでいた。

「っ、何処か具合でも悪いんですか?!」

今にも死んでしまいそうなくらい顔が真っ青な男性。ヒョクは思わず話し掛けてしまった。本当だったら、そっと様子だけを窺って、そのまま無視をするつもりだったのに。今日の俺は一体どうしてしまったのだろう。平凡な毎日にこんなにも飽き飽きしているのだろうか。朝のドンへの件といい、自分から好き好んで厄介ごとに首を突っ込んでいるなんて。
ヒョクの慌てた声に気付いて、男性が意識を取り戻す。ぱちぱちと瞬きをする仕草は、何というか人間らしくなくて、ロボットというか、子どもっぽいというか。それにしても澄んだ瞳でキレイだな、なんて思いながら、つい見とれていると、目が合ってしまった。その瞬間、思っても居なかった出来事が起こる。男性が突然、ヒョクに抱きついてきたのだ。そう、まるで迷子になっていた子どもが、ママを見つけて飛び付く様な感じで。でも俺は、この男性の事を全く知らない。だから慌てて振り解こうとして、両手を男性の肩に乗せる。でも、男性があまりにも可愛くて、少し俺の好みだったから、冷たく突き放すなんてことは出来ずに、そのまま受け入れてしまったんだ。
勢いよく抱きつかれてしまったから、バランスを崩してしまったヒョクはその場で尻餅をついてしまう。流石に道の真ん中で男性2人が抱き合ったまま倒れているなんて、怪しい以外に何者でもないので、優しく男性の手を振り解く。そして、改めて男性の顔をじっくりと見てみるけれど、やっぱりこんな可愛らしい男性なんて、知り合いには居ないと確信をしたので、覚悟を決めて男性に問いかけてみる事にした。

「あの、俺、あなたと何処かで会った事ありましたっけ?」

「う?‥‥‥どこかで?えっと、えっと‥‥‥あの」

「‥‥‥えっと」

これ以上ない位の違和感。この男性は本当に子どもみたいだ。だって、俺が言っている事が解らないといった感じで、同じ言葉を何度も何度も繰り返しているんだもの。もしかして迷子とか?いやいや、そんな事は無い筈だ。だって見た目からして、自分の家が解らないような年齢には絶対に見えない。けれども、このままこれ以上関わりたくないからといって、置いて帰るのも気が引けてしまう。ヒョクの観察をするような視線に気付いたのか、男性がじっとヒョクの目を見つめてくる。そして、次の瞬間に、可愛らしい笑顔で微笑んでくれるから、ヒョクは取り敢えず、自分の家に連れて帰る事にした。いや、決してこれは誘拐ではない。そしてナンパでも無い筈だと、何度も心の中で言い聞かせながら。

「あー、あのさ、此処にずっといるのも何だし、取り敢えずウチに来る?」

「ウチ?おうち?」

「そう、俺のウチだけど、一緒に来るか?」

「うん!!」

パッと見せる笑顔は、何だか人懐っこい犬のようで、ヒョクは今朝のドンへの事を思い出してしまった。もしもドンヘが人間だったら、こんな感じで可愛らしいんだろうな。なんて、彼女が居ないからって動物を人間に例えるなんて流石に寂しすぎるか。俺と同じ歳にしか見えないのに、態度があまりにも子ども過ぎて、ヒョクは無意識の内に手を男性に差し伸べる。すると、笑顔を見せてギュッと手を握ってくるから、ヒョクは何だか変な感情がこみ上げてきてしまった。
こんな可愛らしい男性が俺の恋人だったら、人生も少しは明るくなるのかな。なんて。でも、そんな甘い気持ちは、男性のお腹の音が一気にかき消してくれた。

「う‥‥‥」

「何?お腹空いてるの?」

「‥‥‥ん。おなか、すいた‥‥」

「ふっ、ははは!!いいよ、すぐソコにコンビニあるから、何か買って行こう」

ヒョクと会話をした事で、人間らしさを取り戻したのか、まるで何日もご飯を食べていないような豪快なお腹の音が、真っ暗で人気のない静かな道に響き渡る。思わずヒョクは笑いを堪える事が出来ずに、大きな声で笑ってしまった。男性も自分が原因で笑われたという事には気が付いたようで、顔を真っ赤にして慌てる仕草がなんとも言えずに可愛らしい。手をつないだまま、何時もよく通っているコンビニの前を通ると、目を輝かせて男性が叫んだ。

「あ、おれ、此処知ってる!!」

「コンビニ?、まぁ何処にでもあるからな。さて、中に入るか‥‥‥って、何してんだよ!!」

コンビニの入り口に着いたところで、中に入るようにヒョクが促すと、何故か男性は入り口付近にぺたりと座り込んでしまった。コンビニに用事があるのは俺ではなくお前の筈だろ。いや、そうじゃない、用事が無かったとしても、犬じゃないんだから、入り口で待つなんて事はしなくても良いんだ。これじゃあまるで、俺がこの男性に何か変なプレイを強要している、ただの変態にしか見えないじゃないか。ヒョクは慌てて男性の手を掴むと、一緒に無理やり中に入ろうとするんだけれど、男性は頑なに俺は入ったらダメなの!!って叫ぶもんだから、ヒョクはどうする事も出来なかった。
これ以上コンビニの前に居たら、最悪の場合通報されてもおかしくない。だからヒョクは、コンビニに寄るのはやめて慌ててウチに向かった。取り敢えず色々と考えるのは、部屋に着いてからにしよう。そうだ、それが良い。

 

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