運命?。

「はぁ‥‥疲れた」

ヒョクは男性の腕を引っ張って、コンビニから慌てて走って帰って来たので、自分の部屋の前に着いた頃には、酷く息が上がっていた。コンビニの前で変な行動をされてしまったものだから、ご近所さんなどに見られていないかどうか不安で仕方なかった。当の本人は、一緒に猛ダッシュをしたのにも関わらず、一向に息を切らしていない。これって、俺が単に運動不足なだけなのだろうか。そんな事は無いとは思うんだけれど。
呼吸を整えて鍵を開けると、男性を部屋の中へと招き入れる。ヒョクは基本的にマメで几帳面だから、一人暮らしでも十分に部屋はキレイだ。だから、今日みたいに突然誰かを招き入れたとしても、困る事は無いんだけれど。玄関に入った瞬間、男性が靴を履いたまま中に入ってしまったもんだから、ヒョクは慌てて静止をする。

「わ、バ、待てって!!靴は此処で脱ぐんだよ!!」

「‥‥‥くつ?」

「コレ、足に履いてるヤツ!!」

見た目はどう考えても成人男性なのに、中身は子ども以下。いや、さっきのコンビニでの出来事を考えると、まるで動物のようだ。色々と考える事はあるけれど、取り敢えず俺たちは今、お腹が空いている。なので、冷蔵庫の中を見て、余りものでチャーハンを作る事にした。靴を脱がせた後、リビングで男性は何をしているのだろうかと思い、そっと覗きみると、やっぱり人間らしくないというか、男性は床に寝そべってゴロゴロとしている。まるで目の前に置かれているソファの使い方を知らないようだ。
床に寝そべっていても、別にゴミだらけな訳じゃない。だからヒョクは、それが一番リラックスできるというのなら、特に注意をする必要も無いかなと思い、何も言わずに料理を始めた。

「お待たせ‥‥って、寝てるのか?」

「‥‥‥うう」

冷凍庫に保管してあったご飯を2人分使ってチャーハンにしたら、思っていた以上に量が多くて、残すのは勿体無いなんて事を考えていたもんだから、男性が寝ていたのは少しばかりショックだった。でも、あまりにも無防備な寝顔を見せつけられては、叩き起こすわけにはいかない。

「何だよ‥‥‥可愛いな」

初対面の男性の部屋で、しかもリビングの床で無防備に寝顔を晒すヤツなんて、そう滅多に居ないもんだ。ヒョクは、床でぐうぐうと寝ている男性の間抜けな寝顔を見て、フッと笑みを見せる。今日初めて、しかもまだ会って何時間も経っていないのに、何処かで会ったことがあるような不思議な感じにさせてくれるのは、一体何故だろう。こういうのを、運命の出会いとでも言うのだろうか。
ヒョクが山盛りになっているチャーハンを食べようとして、スプーンを刺す。そして大きな口を開けて、食べようとした時に、チャーハンのニオイが男性の鼻についたのか、パチッと急に目が見開いて、ガバッと起き上がった。

「わっ‥‥‥ごめん、起こしちゃったか?」

「う‥‥‥」

「へ?いやっ、何してるんだよ!!」

勢いが良すぎて、スプーンで取った分が床に零れ落ちる。すると、クンクンとニオイを嗅ぎながら、男性が床に落ちているチャーハンを食べようと口を床に近付けてベロを出した。これはもう子ども以下決定、しかも犬だ。ヒョクが慌てて制すると、男性の動きもピタリと止まる。でも、何処か寂しそうな表情でじっと見つめられてしまい、何て答えてよいのか解らなくなってしまった。とは言え、床に落ちたチャーハンを食べていいよとは絶対に言えない。ヒョクがスプーンでチャーハンを再度取ると、そっと男性の口元に近付けて、はい。と言う。暫く沈黙が続いたあと、口をそっと開けてチャーハンを食べてくれた。

「‥‥‥おいしい」

「本当か?‥‥‥ほら、起きて食べろって」

「これ、どう持つの?‥‥わかんない」

もう何を言われても驚かない自分が居た。目の前にいる男性は人間だけど、きっと犬なんだ。だって、行動があまりにも人間らしくないんだもの。だから別に、スプーンの持ち方なんて知らなくても‥‥‥なんて、我ながら現実逃避にも程があるだろう。ヒョクがもう、色々と考えるのが面倒になってしまい、この男性に対して何をツッコんだら良いのか解らずに頭を抱える。すると、男性が急に目の前に現れて、大きな口を開けた。

「あー‥‥」

スプーンを使う事は出来ないけれど、チャーハンは食べたい。だから早く食わせろという意味なのだろうか。全く、誰の家で、誰がこのチャーハンを作ったんだって言ってやりたい所だけれど、その何とも言えない間抜けな表情が可愛らしくて、ヒョクは思わず頬を少し赤らめながら、スプーンを男性の口に入れた。本人にそんな自覚は全く無いだろうけれど、あまりにも口が近すぎて、思わずキスをしたくなるような距離。変な気持ちになる前に、ヒョクはガバッと起きて、首をブンブン降る。すると、その一連の動作が面白かったのか、男性もマネしてブンブンと首を振る。いや、一体何なんだ。お陰様で変な気持ちなんて、どっかに行っちゃったけどさ。

「あれ、このニオイ、俺知って‥‥る」

お腹も満たされて、少し余裕が出てきたのか、男性が鼻先をクンクンとさせる。辺りを見渡した後に、ヒョクのカバンに近付いた。俺のカバン、何か変なニオイのするものなんて入ってたっけ?なんて油断をしていた瞬間、男性がカバンをガッと掴んで、ひっくり返した。お陰様でカバンの中身が見事に床に散乱してしまう。ぐちゃぐちゃになった荷物の中から、男性はなんと、同僚が帰り際にコンビニで買ってくれたイヌ用のおやつを引っ張り出してきた。いや、まさかとは思うけれど‥‥‥

「ねぇ、これ食べた‥‥‥」

「絶対にダメ!!」

予想していた事とはいえ、実際にお願いなんて言われると、慌てて止めてしまうのは当然の事だ。いくら俺の中で、この男性が犬だと決めたとしても、本物のイヌ用のおやつなんてあげられる訳がない。慌てて男性からおやつを取り上げると、解りやすく男性の表情が落ち込み、更には目に涙を浮かべる。何で泣きそうなんだろう。もしかしてコレって、人間にも魅力的なおやつなのだろうか?いやいや、そんな事、ある筈がない。だって、現に俺は全く美味しそうには見えないし。

「お前、コレが何なのか解っているのか?」

「知ってるもん。だ、だって、よくご主人様くれたもん‥‥‥」

「‥‥‥は?!」

聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。

ご主人様とか、よくくれたとか。今の発言は聞かなかった事にしたいけれど、それはそれで良心というものが非常に痛む。もしもこの男性の言っている事が本当なのだとしたら、虐待とかされていなかったのか非常に不安だ。もしかして、コンビニの前で待つというのも、虐待されていたという事なのだろうか。ヒョクは不安で仕方なくなり、もしかして身体中にアザとか無いよなとか、変な事を考え始める。パッと見た感じだと、特に虐待をされていたとかいう雰囲気は醸し出していない。身体中にアザもなさそうだしって、服を着ているから解らないか。無理やり服を脱がせたりしたら、それこそ俺が変態扱いされてもおかしくない。どうにかして男性の身体を調べる方法は無いのだろうか。

「あ‥‥‥そうだ、ウチに泊まるならさ、お風呂入れよ」

「お‥‥ふろ」

「嗚呼、だって地べたに座り込んでたし。それって汚いし、だからさ、キレイになって来いって」

我ながらナイスアイデアとしか言いようがない。これなら自然に男性のハダカをチェックすることができる。だって、この男性の事だから、きっと洋服脱げないとか、身体洗えないとか言い出すかもしれないって咄嗟に考えついたんだ。仕方ない、一緒に入ってあげるよって言えば、ものすごく自然だろ?これは決して、いやらしい事を考えているわけではないと必死に言い訳をしながら、黙りこくっている男性を見ると、顔が真っ赤‥‥‥じゃない、真っ青になっていた。

 

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