キュヒョンの企み。

「あれ、キュヒョン。なんか久し振りに笑顔じゃない?」

「本当だ、仕事で良い事でもあったのかな」

神さまが住む世界にも、人間界で言うバーみたいなお店が立ち並ぶ一角がある。中でも、とあるお店は特にキュヒョンが気に入って、毎日のように通っている所だ。変なマスターと小うるさい同期が居なかったら、もっと最高なんだけどって、キュヒョンはいつも思う。
キュヒョンが今日は無表情ではなく、珍しくニッコリと笑顔を見せながらワインを飲んでいるもんだから、小うるさい同僚のリョウクが絡んでくるのは当然の事だった。

「ええ、久し振りにこの仕事をしてきて良かったと思えるような案件があったもので。つい、リョウクの前でも笑顔がこぼれてしまいましたね」

「何それ?‥‥‥でもさ、氷のキュヒョンも口角が緩む時があるんだね」

氷のキュヒョンというのは、無表情で冷静に仕事をこなす姿を見て、周りが勝手につけたあだ名だ。こういうマイナス要素の含むあだ名は、本来本人の耳には入れないようにして、陰で言われるものだが、リョウクは本人を目の前にしても、堂々と言ってのける。まぁ、裏表が無くて、さっぱりとしている性格はキライじゃないから、キュヒョンも何だかんだ言いつつ一緒にいるんだけど。
周りの評判なんて、正直言って気にしないし、氷だろうと何でも好きに言ってくれて構わないが、神さまの仕事なんて「氷」のように事務的にこなさないと、いくつ心があっても持たない所はあるだろう。特に相手が動物だったら、心を通わせて同調してしまったら大変だ。

「はい、だって‥‥‥」

キュヒョンは今回のドンへの案件を、リョウクに話して聞かせた。長く一緒に暮らしていたご主人様の生活環境が変わる事で、ドンへを捨てなくてはいけなくなった事。そして、段ボールに入って、きちんとご主人様の言いつけを守っていたら、ヒョクという男性が現れたという話を。この仕事をしていれば、しごく普通の、何処にでもあるようなちょっと不幸な動物の話だ。だからリョウクも、何処が面白いんだろうって、不思議に思うのは当然だった。

「キュヒョンは、そのドンヘの何処に魅力を感じたんだ?」

「ふふ、ドンヘにチャンスを与えたんです。そしたら、ご主人様ではなくヒョクを選んだんですよ」

「えっ、そうなの?!」

そう。やはりこの手の案件の場合、同じようにチャンスを与えると、殆どの場合がご主人様を選択する。実はこのチャンスに答えは無い。天使に選ばれた時点で、奇跡が起こる事は必然だからだ。だからキュヒョンも、どちらかに会いに行かせるという選択を与えて、相手に気付かせるようにと言いはしたが、最終的にはどちらを選んでも、ドンヘを生き返らせる予定だった。そう、ドンヘに与えられた奇跡は、車にひかれても生き返る事。そして、ドンヘにとって最適な人を見つけて、幸せになるように道を示してあげる事だった。

でも、ドンへはご主人様じゃなくて、ヒョクという男性を選んだ。

「今まで天使をやってきて、こんなことは初めてだったので、つい生き返らせた後に、もう一度ドンへの前に現れちゃいましてね。そして、本人に聞いてしまったんです。何故、ヒョクを選んだんですか?って」

「うん、気になる気になる!!ドンヘは、なんて答えたの?!」

「それは‥‥‥」

一瞬うーん。と考えるようなそぶりを見せたあと、ドンへは真っ直ぐにキュヒョンの目を見つめた。そして、その純粋な瞳をキラキラとさせながら、ハッキリとご主人様よりも、ヒョクのほうが気になった!!って答えた。長年ずっと一緒に居たご主人様よりも気になるなんて、まるで人間の恋の種類にある、一目惚れのようではないか。
キュヒョンはものすごく、このドンヘという犬が気になってしまった。だから、この先もずっと、ドンへの事を観察しようって決めたんだ。

「これからもずっと見守って、彼の行動を観察したくなりました。ですので、かなり特例ではありますが、私の判断で、人間にさせちゃいました」

「人間って‥‥それは、ずいぶん惚れこんだね‥‥‥」

「はい、あれだけ心が澄んでいれば、もしかしたら‥‥‥アイツに会えるかもしれないですし」

「キュヒョン‥‥‥」

キュヒョンは残ったワインを一気に飲み干すと、少し話し過ぎましたね。と言って、珍しくお金を置いてバーを後にした。キュヒョンが呟いた最後の一言、嫌でも耳に残ってしまう。リョウクとバーのマスターであるイェソンは、お互いに数秒間見つめあった後、同時に小さくため息をついた。

 

あの日、ヒョクが夜更かしをし過ぎて、朝起きられなくなったのも、普段は入ったことの無い脇道を選んだのも、もしかしたら全て、キュヒョンが仕組んだものなのかもしれない。

 

End

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