Opening‐ヒチョル

「ヒチョル、ご飯だよ」

ご主人様の声がキッチンから聞こえてくる。ヒチョルは小さく欠伸をすると、そのまま大きく伸びをして、軽やかにベットから飛び降りた。そして、ゆっくりと廊下を歩きながら、キッチンから漏れるご飯の香りを嗅いで、今日のご飯は何だろうと考える。キッチンにひょっこりと顔を出すと、ご主人様は直ぐに俺に気付いて、笑顔になっておいでって言ってくれる。ヒチョルは素直に彼の懐に入って、ご主人様の手の甲に頬ずりをすると、ご主人様はおはようって抱きしめながら言ってくれるんだ。そして、抱っこをしてきちんと目線を合わせると、そのまま唇にキスをしてくれる。毎日毎日同じようにキスをして抱きしめてくれるから、ヒチョルはたまらなくこの瞬間が大好きだ。

好き。俺は、ご主人様の事が、独占したいくらい大好きで仕方ない。

「今日も帰りは遅くなるけど、良い子で待っていてね」

ここ最近ご主人様は、毎日仕事が忙しいらしくて、通常よりも早く会社に出勤をする為に、何時もより1時間も早く家を出ていってしまう。そして、帰ってくるのも日付が変わる直前で、ものすごく遅く帰ってくるんだ。あまり休みも取れていなくて、なかなか2人きりになれる時間が無い。だから、ものすごく寂しくて仕方ないけれど、それでも、俺の為に時間を作って、朝は必ずご飯を作ってくれるし、夜はどれだけ疲れて帰ってきても、今日どんなことがあったかっていうのを必ず報告してくれる。そして、おやすみなさいのキスをして、ベットで一緒に寝てくれるんだ。だから、俺は寂しいなんて我儘を言ったらいけないんだ。そうだ俺は、あんなバカ犬とは違うんだから。
ヒチョルはご主人様が居なくなったのを見計らうと、鏡の前に立って、人間の姿に変身をする。ご主人様の事が好きで仕方なくて、人間になる事が出来たら良いのにって毎日思っていたら、神様ってヤツがやってきて、俺を人間の姿に変えてくれた。でも、ご主人様の前で人間の姿を見せた事は一度も無い。だって、猫が人間に変身するだなんて、気持ち悪がられて、捨てられでもしたら、絶対にイヤだもの。人間になるまでは、人間になりたくて仕方なかったのに、いざ人間になったら、猫のままの姿だって、十分に愛されているんだから、それでいいんだって、消極的になってしまった。我ながら、なんてバカなんだろうって思う。でも、俺はもう、今のご主人様に愛想を尽かされて、捨てられちゃったら生きていく自信が無い。

「・・・・・・さて、今日もあのバカ犬をからかいにでも行こうかな」

ここ最近、家の近くの公園で面白い犬を見つけた。だからご主人様が仕事で忙しくても、毎日とても充実しているんだ。実はソイツ、俺と同じで人間の姿をしているけれど、元々は犬なんだ。名前は確かドンヘって言ったっけ。ものすごく幼いのか、元々頭が弱いのかは解らないけれど、正直言ってアホで天然なんだ。だから、ものすごくからかいがいがあるんだよな。唯一、俺と違うのは、ドンヘはご主人様に人間の姿を見せているって言う事。だから、ご主人様に人間の姿を受け入れてもらえているっていうのは、ものすごく羨ましくて仕方ない。だから俺は、ドンヘに対して、少し妬んでいるのかもしれない。
っていうか、ドンヘのご主人様は正直言って、俺に感謝して欲しいくらいだ!だって、俺が居なかったら、今頃知らない人とかにホイホイついて行って、誘拐とかされてもおかしくないくらい無防備なんだから!!全く、何であんなヤツを好き放題放し飼いにしているのか、不思議で仕方ないよ!俺がご主人様だったら、部屋に鎖をつけて、絶対に外に出さないんだけどな。

「ご主人様も相当頭が弱いのか?・・・・・・ま、別に関係ないけどさ」

ヒチョルはご主人様に作ってもらったご飯をキレイに食べると、いつも通りそのままにしてそっと家を出た。

 

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