後悔。

「ヒチョル‥‥‥」

ここ最近、どうしても仕事が忙しくて、毎朝ヒチョルと話はしているけれど、ものすごく寂しい思いをさせているだろうなという事には気付いていた。ヒチョルを拾った時に、絶対に寂しい思いはさせないって約束をした筈なのに、ウソツキって思われたに違いない。無理を言って、今日は定時に上がらせてもらったイトゥクは、真っ直ぐに自分の家に帰ると、くまなく部屋中を探す。けれども、何処を探してもヒチョルが居なくて、居た堪れずに廊下の壁を力一杯殴りつけた。右腕にじわじわと痛みが響いてきて、次第に涙が溢れてくるんだけれど、ヒチョルが感じていた寂しさはこれ以上の痛みだった筈だって考えると、泣いている場合じゃない事に気が付く。

「探しに‥‥‥行かなきゃ」

ヒチョルと初めて出会ったのは、近くにある公園の裏手にある山の頂上だった。その頂上に立っている大きな木の下で、誰かから必死に逃げてきたのだろう、身体全体が酷く傷つけられて、かなり衰弱した状態で倒れ込んでいた。俺があと少し発見するのが遅かったら、手遅れだったって動物病院の人が言っていたから、相当深い傷を負っていたようだ。でも、傷が治って、ある程度ヒチョルが回復してからが大変だったんだ。

「っ、痛っ」

前のご主人様が、あまりにも良い接し方をしていなかったらしくて、相当な人間不信に陥っていたヒチョル。部屋中のものを手当たり次第に壊しては、毎日が大変だった。しかも、うちはオートロックだし、簡単に抜け出せるような環境じゃないから、それも彼を不安にさせていた原因の一つだったんだろう。慣れるまでにかなりの時間を要したんだ。
そんなある日、ヒチョルがいつもの様に暴れて、部屋中のものを散乱させていると、本棚がバランスを崩して、真っ直ぐにヒチョルを目掛けて落ちてきた。

「ヒチョル、危ない!!」

幸い、何とかして倒れる前にイトゥクがヒチョルを庇ったから、彼はケガ一つしていなかった。でも、その瞬間、初めて俺はヒチョルの悲しそうな表情に気付いたんだ。そして、本当はものすごく心が優しくて、可愛い子だって事にもね。イトゥクはヒチョルに心配をかけない様に、優しく手を伸ばす。すると、一瞬ビクッと反応をするんだけれど、怖がっているのか逃げることはせずに、そのまま大人しく頭を撫でさせてくれた。

「良かった、ヒチョルは何処もケガをしてなくて」

大きくて、吸い込まれそうなヒチョルの瞳からは、涙が溢れている様な気がした。

「ヒチョル、俺は絶対にヒチョルのことを傷つけない、そして、寂しい思いはさせないよ」

倒してしまった本棚を片付けて、元どおりに本を入れ直した後に、ちょっと休憩を入れようとリビングのソファに腰をかけると、初めてヒチョルが自分から俺の膝に乗っかってきてくれた。本棚を支える時に思い切り打ってしまった手を、ペロペロと舐めながら小さい声でみゃあ。と鳴いたんだけれど、俺にはごめんなさい。って言ってる様に聞こえたんだ。そして、勝手にヒチョルって名前を付けちゃったけど、いいかな?って聞くと、何となく頬を赤く染めて、小さく頷いたような気がしたんだ。

 

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