ヒチョルの不安。

「あ、しまった。もうこんな時間だ」

イトゥクがふと時計を見ると、すでに20時をまわっている。飼っているペットが人間になるだなんて、他の人に言えるわけがない。だから、同じ立場であるウニョク君とずっと話したいって思っていたから、つい盛り上がってしまった。

「‥‥‥あの俺、イトゥクさんとヒチョルさんに謝らないといけない事があるんです」

「謝る‥‥‥?」

ヒョクが少し俯いた後、覚悟を決めてイトゥクの目を真っ直ぐに見つめる。重い口を開いて、ドンへが今までヒチョルのように自由に犬の姿に戻る事が出来なかったこと、そして、自分勝手に感情をぶつけて、ドンへに辛く当たってしまったことを、まるで懺悔のように話し始めた。
イトゥクも最初は驚きが隠せなかったけれど、決してヒョクの事を責める事はしなかった。だって、もし自分が彼の立場だったら、同じようにヒチョルにキツくあたっているかもしれないって思ったから。

「だから、俺‥‥‥勝手に2人に対して嫉妬してたんです。ドンへは何も悪くないのに‥‥‥」

「ウニョク君、大丈夫だよ。だから、その気持ちをちゃんとドンへ君に伝えてあげよう」

「‥‥‥っ、はい」

動物が人間になる。それはつまり、人間とのコミュニケーションが必然と生まれるという事だ。ペットであれば尚更、ご主人様は人間になっても傍にいて欲しいって思うだろう。でも、ヒチョルやドンへ君の立場になって考えたら、人間になれた!じゃあ、あれもしたい。これもしたいって欲望が出るに決まっている。
現にヒチョルだって、俺に黙って、勝手に外に抜け出して遊びに行っていた訳だし。飼い主の気持ちを押し付けて、ずっと家に居ろなんて、言えない。言えるわけがない。だから、ウニョク君の気持ちは痛いくらいわかる。

「‥‥‥そういえば、さっきから何も話しかけてくれないけど、もしかして怒ってる?!」

家に帰る道すがら、ふとイトゥクはヒチョルの様子が少しおかしいことに気付いた。そういえば、外にいるっていうのに、人間の姿に戻っていないのも珍しい。イトゥクが流石に、無理やりネコの姿に戻らせたのは良くなかったかなと思い、慌てて謝ると、小さい声でヒチョルがつぶやいた。

「ドンへ‥‥‥もう、人間に戻れないかもしれない」

「ドンへ、俺が何を話しかけても、心を開いてくれなかった。俺が悪いんだってずっと呟いてて‥‥‥」

「ヒチョル‥‥‥」

「あのまま心を閉ざしてたら、もう人間に戻れなくなる!!人間だったころの記憶も無くなって、完全に‥‥‥俺の事も忘れちゃうかもしれない」

ヒチョルの目からポロポロと涙が零れ落ちる。イトゥクは優しく抱き締めながら、大丈夫だって囁いた。まるで、自分自身にも言い聞かせているように、何度も何度も。残酷な話だけれど、これはもう、俺たちにはどうする事も出来ないから。そう、ドンへ君を救えるのは、ウニョク君しか居ないんだ。

「俺は、絶対にドンへ君は人間に戻れると思う。だから、2人を信じてあげよう」

イトゥクのヒチョルを抱き締める腕が自然と強くなる。イトゥクも不安を感じているんだってすぐに察したヒチョルは、小さい声で泣くのを我慢しながら、うんって呟いた。

 

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