「ドンへ、おいで」
ヒョクが優しくドンへを手招きすると、キャンって小さい声を出して、ドンへが寄ってくる。なんかもう、数日しか経っていないのに、ドンへは完全に犬に戻ってしまったみたいだ。それもその筈だ。だって、俺が心の中で、無意識のうちに強くドンへが人間であることを拒絶してしまったから、ドンへも敏感に俺の気持ちを感じ取ってしまったんだよな。
「ドンへ‥‥‥ごめんな」
「くぅ‥‥‥?」
「俺、お前に嫉妬してたんだ。嫉妬、解る?えっと、つまり、イトゥクさんやヒチョルさんと一緒にいるドンへの姿を想像したら、ものすごく心が締め付けられちゃって。同時にすっごくムカムカしたんだ。それで、ドンへは俺のモノなのにって、酷い事を思っちゃったんだ」
「‥‥‥」
ドンへが真っ直ぐにヒョクの瞳を見つめている。でも、ちゃんと話を聞いているのかどうか全く読めない。くぅ。ともキャン。とも何も言わないから、完全にイヌになっちゃって、俺の言ってる事なんて何も理解出来ないかもしれない。そんなの嫌だ。気が付くと、ヒョクの瞳からは涙が溢れて、頬を伝って、ぽたぽたと零れ落ちていた。
「っ‥‥‥自分勝手でごめん‥‥‥でも俺、やっぱりドンへは人間がいい。お願いだから、もう一度バカみたいにうるさい声で、ヒョクって叫んでくれよ。ちゃんと、俺の名前を呼んでくれよ!!」
「‥‥‥くぅ」
「ドン‥‥へ‥‥‥」
「ぅ‥‥‥ひょくぅ‥‥‥」
もう一度聞きたかった言葉、懐かしい甘い声。ヒョクがゆっくりと目を開けると、俺以上に眼を真っ赤にして、ポロポロと泣いてるドンへが、いつの間にか人間の姿に戻っていた。
■
「ドンへ!!」
瞼を真っ赤にして、その場にうずくまっているドンへを見ていたら、自然とヒョクも涙が溢れてくる。でも、そっと手を伸ばしてドンへの髪の毛に触れると、嬉しさのあまり、笑顔がこぼれてしまう。
ドンへだ、ドンへだ、良かった。人間の姿に戻ってくれた。ヒョクは気が付くと、無意識のうちにドンへの事を思い切り抱き締めていた。
「‥‥‥ひょ‥‥く‥‥‥」
たったの数日だけれど、まるで何年も会えなかったみたいに、ヒョクはドンへのぬくもりを確かめるようにして抱き締める。ヒョクが真っ赤に腫れてしまっている瞼に優しく唇をあてて、軽く音を立てながらキスをすると、くすぐったいのか、ドンへが一瞬だけ表情をくしゃって緩めてくれた。でもヒョクは、ドンへの態度が少しおかしいような気がして、不安がよぎる。
ドンへは人間に戻れたのが嬉しくないのだろうか。さっきから一度も笑顔を見せてくれない。それどころか、俺が抱き締めても一向に抱き締め返してくれない。いつものドンへだったら、真っ先に俺に抱き着いてきてくれても良い筈なのに。
「ドンへ、どこか体調でも悪いのか?‥‥‥その、なんていうか‥‥‥」
「俺のせいなの‥‥‥俺がね、その、ヒョクみたいに、自由に変身できるヒチョルにシットしたのがいけないの!!」
「ヒチョル‥‥‥さん?」
言われてみると、確かに彼は自由に自分の意志で人間の姿になったり、ネコになったりする事が出来るようだけれど、ドンへも自分の意志でイヌになりたいって思っていたという事なのだろうか。
「だから、ヒョクはもう、自分の事を責めないで‥‥‥」
最後に小さい声で、ありがとうって呟いたあと、ドンへはヒョクの前から姿を消した。