ある休日の出来事。

イトゥク×ヒチョル

 

「ヒチョル、ごめん。宅配便の人が来るから、代わりに荷物を受け取ってくれる?」

「ん、解った」

軽快にインターフォンが鳴って、大きな声で宅配便でーす!と何時ものお兄さんがドア越しから声を掛けてくる。我が家はオートロックなんだから、玄関前まで来れているのなら、在宅しているって解っている筈なのに、お兄さんは何時も元気なんだよな。
丁度お昼の準備をしていたイトゥクが、手が離せないという事でヒチョルに宅配便の受け取りをお願いする。ヒチョルが人間に変身できるという事が解ってから、ちょっとずつ色んなことをお手伝いしてもらうようになった。でも、それは同時にイトゥクの中で我慢していたヒチョルに対する想いも、少しずつ溢れてきている訳で。ヒチョルの事をペットじゃなく、一人の男性として好きだって気付いてしまってから、何となくヒチョルと何処まで距離を取ってよいのか解らなくなってしまっていた。

「サイン?サインって、何処にすればいいんだ?」

「あ、えっと、此処です!」

荷物を受け取るだけの筈なのに、ちょっと時間が掛かっているような気がして、イトゥクがこっそりと玄関を覗き見る。すると、ヒチョルが一生懸命サインの場所を探していて、宅配便のお兄さんが親切丁寧に書く場所を教えてあげていた。そう、ただそれだけの光景なのに、イトゥクの心はものすごく締め付けられてしまったんだ。
ありがとうございましたー!と、笑顔で元気に挨拶をして去っていく宅配便のお兄さん。どこかドンヘに似ている雰囲気を醸し出していて、実はネコの頃から面白そうな奴だなとチェックしていたんだ。やっぱり人間として接してみても面白い。ヒチョルがニヤリと少し口角を上げて、聞き耳を立てながら宅配便のお兄さんがエレベータに乗るまでを玄関で確認した後、受け取った荷物を両手に抱えながら振り返ると、目の前にイトゥクが立っていた。気配を全く感じなかったから、思わずうわって声をあげてしまった。

「な、なんだよ。ちゃんと受け取ったぞ」

「ヒチョル‥‥‥来て」

「へっ?わっ‥‥‥!!」

急に右腕を引っ張られて、荷物を落としてしまいそうになる。体勢を何とか持ち直して、イトゥクに連れていかれるまま従うと、行先はリビングではなく寝室だった。

「あれ?ご飯出来たんじゃないの‥‥‥っあ!!」

思い切り引っ張られて、イトゥクにベットに押し倒される。勢いで受け取った荷物を落としてしまい、ゴトリと鈍い音が寝室に響き渡った。普段だったら、几帳面なイトゥクの前で何かモノでも落とそうものなら、怒られはしないものの、気を付けてね位の小言は言われてしまうのに。それすらも無いなんて、一体どうしたんだろう。
もしかして何か機嫌を悪くさせるような事でもしたのだろうか。宅配便の人に対する態度が良くなかったとか?色々と考えてみるけれど、思い当たる節も全く無い。ヒチョルがじっと不安そうにイトゥクの顔を見つめていると、不意にキスをされてしまった。何時もなら嬉しい筈なのに、反射的に身体がびくっと身構えてしまう。

「ぅ‥‥んっ‥」

「ヒチョル‥‥‥」

「お、俺、何かイトゥクを怒らせるような事した‥‥‥?」

両腕をしっかりと抑え付けて、馬乗りになってキスをする。無理やり襲っているとしか思えない光景は、ヒチョルを怖がらせるのに十分だ。昔の事を思い出させてしまったかもしれない。我に返ったイトゥクは、慌てて両手を離して優しくぎゅう。と抱き締める。

「ううん、違う‥‥‥えっと、ごめん、ちょっと嫉妬しちゃっただけ」

「嫉妬‥‥‥って」

「ほんと、ごめ‥‥‥っ」

イトゥクにそんな事を言われるなんて思っても居なかったヒチョルは、思わず頬を赤く染めてしまう。嫉妬。つまり、俺と宅配便の人のやり取りが気に入らなかったって事か。そんな事をストレートに言われてしまったら、天邪鬼な性格をしているヒチョルも、素直にごめんなさいとは言えない。でも、その代わりに自分の気持ちをヒチョルなりに伝えようと、両手でしっかりとイトゥクの頬を掴んで、軽くキスをする。何度も何度も重ねて、次第に舌を絡めていくと、まだお昼だって言うのに、発情してしまいそうになる。
小さい声でイトゥク。と呟きながら何度も何度もキスをする内に、身体が熱くなってきて、自然と呼吸も乱れてしまう。イトゥクは少し驚いたものの、頬を赤く染めて、目がとろんとしているヒチョルを見て、返すように唇を重ねながら、舌を絡ませてワザと音を立てる。だって、そんな顔を目の前でされてしまったら、理性がどうにかなってしまいそうだ。

「はぁ‥‥‥っ、ヒチョ‥‥ル」

「イトゥク‥‥っ、俺、もうっ‥‥‥」

ピピピピピピピピピピピ‥‥‥

甘い雰囲気を一気にぶち壊す不愉快な機械音。炊飯器が小うるさくご飯が炊けた事を積極的にアピールしている。その音を聞いた瞬間、ヒチョルのお腹が可愛く「ぐう。」となり、とろんとしていた顔も一気に覚めてしまった。考えたら、俺もおかずを作っている途中だった。

「あ、えっと‥‥‥続きは、ご飯を食べた後でも良いかな?」

「っ‥‥‥は、早くご飯作れよ!!」

おでこと生意気な唇に軽くキスをすると、慌ててイトゥクはキッチンに走っていく。あああああ!!と断末魔のような叫び声が聞こえてきて、スンスンと鼻をピクピクさせると、間違いなく魚が焦げている匂いがした。あんなにも大声を出して慌てるイトゥクなんて珍しい。ヒチョルはくすくすと笑いながら、何となくベットに倒れ込んだまま、右手の人差し指でそっと唇に触れた。

「‥‥‥好き」

 

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